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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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瑞龍寺

                               富山県:史跡

キリシタンを保護した前田利長の菩提寺


国宝 瑞龍寺は、キリシタンを保護した加賀藩二代藩主 前田利長の菩提を弔うために、三代藩主 利常が建立した寺院。寺院内には、同じくキリシタンを保護した織田信長父子の分骨を迎えたとする石廟もあります。利長の夫人 玉泉院は信長の娘でした。



国宝 山門


国宝に指定されているのは、山門、仏殿、法堂で、総門、禅堂、大庫裏、大茶堂、回廊3棟が重要文化財の指定を受けています。



国宝 仏殿とその内陣


国宝 法堂とその内陣



重要文化財の回廊

回廊の中

高い法堂の床

法堂から見える景色

前田利長の妻 玉泉院は織田信長の娘で、信長に気に入られ14歳の時に信長の9歳の娘を妻とした蒲生氏郷とは娘婿同士でした。1582(天正10)年、利長は夫婦で上洛しようとその途上にあった時に本能寺の変を聞き、夫人を避難させ、蒲生氏郷らと共に信長の夫人達を日野城(中野城とも)に匿いました。

その後信長の二男 信雄を奉じて仇討を試みるが果たせず(異説あり)、翌年柴田勝家軍の先鋒となり秀吉軍と戦いましたが、賤ヶ岳の戦いで勝家は敗走。利長は父 利家と共に秀吉に降りました。

蒲生氏郷も織田信雄もキリシタンで、利長夫人 玉泉院と一人娘も又キリシタンだったと伝えられています。利長は高岡城を築く際にも最も大切な縄張りをキリシタン高山右近に任せており、よほどキリシタンに縁があったか、もしくは自らキリシタンに近く接したかであったことが推察できます。


左から信忠、信長の側室、信長、利家の廟

利長の廟

利長廟にだけ浮き彫りがある

説明板


 現地への行き方
JR「高岡駅」より徒歩10分。住所は高岡市関本町35。



この地図は大体の位置を示すものなので、訪問の際は現地の案内や地図で所在地を確認してください。

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