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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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常楽寺跡

                           富山県:浦上キリシタン関連史跡

浦上キリシタンをまとめて収容した


29カ寺に分囚されていた浦上キリシタンが、一旦全員集められ、押し込められた寺の跡。
寺は移転して、「常楽寺」の名が確認できるのは墓地名だけです。



常楽寺墓地


1870年12月19日(明治3年10月27日)、富山藩庁は藩内の寺院に対し、一派一寺にせよとの通達(合寺令)を出しました。

富山藩流配の浦上キリシタンは浄土真宗の寺々に分囚されていたのですが、この合寺令のために常楽寺1カ寺に集められることとなりました。

藩内に浄土真宗の寺院は230余りもあったため、常楽寺通院(持専寺)には1200人以上もの人が集まることになり、当然信徒らのいる場所はありませんでした。そのため浦上キリシタンは全員、境内にあった鐘楼(広さは4畳半ほど)に押し込められ、ついで旧蓮華寺跡に急造した小屋に移されました。

常楽寺は移転して、現在はアパートや駐車場になっています。当時本堂は敷地内東側にあり、鐘楼は敷地の西端にありました。




常楽寺跡

常楽寺跡

常楽寺跡

常楽寺跡



 現地への行き方
住所は富山市梅沢町です。



この地図は大体の位置を示すものなので、訪問の際は現地の案内や地図で所在地を確認してください。

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