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西光寺

                           富山県:浦上キリシタン関連史跡

深堀キクが死亡


深堀重次郎の妻キクと4歳の娘トメが預けられた寺。
流配されて来た時に既に身重であったキクは、出産の際に新生児と共に死亡。火葬場で焼かれ、葬られました。近くの山に、地元の人が供養のために地蔵尊を建てたきくの塚があります。



西光寺


深堀キクは、幼い娘と共に西光寺に預けられましたが、明治3年5月が出産予定でした。しかしそれを過ぎてもまだ出産しないのを聞き及んだ重次郎は、介抱のために西光寺を訪れたい旨を申し出ました。

不改心者にはその機会が与えられないことが分かっていたので、6月の初めに改宗の届をし、西光寺に赴きました。

改心と引き換えに妻を見舞うことができましたが、キクは間もなく産気づき、難産の末、母子共に死亡しました。重次郎は伝道士だったため、その改心は他の信徒に影響を与え、この後改心者が相次ぎました。そのため「旅の話」では、重次郎の改心を批判しています。

しかしこの後、合寺令の一件の際に、重次郎は改心を取り消し、帰郷しました。


仏像付きの十字架


尚、この寺には仏像付き十字架が伝わっていて、これを浦上キリシタンの遺物であると紹介している本もありますが、偽物です。長崎を出る際に信仰を表す物は全て没収されており、ゴシック型十字架に仏像という代物は、時代的にも形状として合いません。

これと同様の物は魚津歴史民俗博物館にもありますが、そちらでも偽物と判断し、展示していません。恐らく昭和2025年の間に外国人向けの土産品として名古屋で作られ各地に出回った物が、如何なる経緯でかこの寺にもたらされたのだろうと考えられます。




西光寺

西光寺

西光寺

西光寺



 現地への行き方
住所は富山市婦中町長沢3933です。



この地図は大体の位置を示すものなので、訪問の際は現地の案内や地図で所在地を確認してください。

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