本文へスキップ

キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

トップページ > 史跡案内 > 富山 > 魚津城跡

魚津城跡

                                   富山県:史跡

高山右近も来たであろう城


富山城で隠居していた前田利長が火災で城を失い、避難した魚津城の跡。

利長は第二の拠点を設けるため、高山右近に高岡城の縄張りを依頼したので、右近もこの城に来たと考えられます。城跡には大町小学校が建てられていますが、2018年に閉校予定です。



魚津城跡


前田利長は前田利家の嫡男で、加賀藩初代藩主。1605年4月8日、京都で養嗣子・前田利常(異母弟)と共に徳川家康に拝謁して、6月28日に家督を前田利常(12歳)に譲り、自分は富山城に隠居し、幼い前田利常の後見人となりました。

しかし1609年に富山城が焼失したため、魚津城に一時的に移った後、高岡城を築城し居城。1614年5月20日、享年53で高岡城にて死去しました。

魚津城は一時滞在しただけですが、新しく高岡城を築くにあたり高山右近に縄張りを依頼しているので、ここに右近も来たと考えられます。




魚津城跡

魚津城跡

解説板

解説板

解説板

解説板

魚津城跡

魚津城跡



 現地への行き方
住所は魚津市本1-10-39です。



この地図は大体の位置を示すものなので、訪問の際は現地の案内や地図で所在地を確認してください。

インフォメーション
《本サイト内の関連ページ》

《本サイト以外のサイト》


                                          NEXT >>